前回のブログで書きましたが、一昨日(21日(日))京都で発生した
事件現場にて献花をさせて頂きました。

ブログをUpしたのがその前日の22時頃であったにもかかわらず、
20名を超える方々よりメッセージをお預かり致しました。

現地にて、お名前そしてメッセージをお伝えさせて頂きましたので、
ご報告申し上げます。

 

毎年7月、土用期間中の日曜日に行われる、

【伏見神寶神社、鎮魂祭】

に参列させて頂くようになって6,7年になります。

この時期は伏見稲荷大社でも、【本宮祭】が執り行われておりますので、
駐車場は閉鎖されております。

その為最初の頃は、伏見稲荷より数駅離れた事件現場にほど近い六地蔵駅
周辺に車を止めて電車に乗り換え向かっておりましたので、多少の土地勘
はありました。

献花させて頂くにあたり考えた事は、

【どこで。何を。どのように】

という事でした。

勿論、献花される方は追悼や慰霊の御心をもってお花などをお供えされると
思います。

その際お子様が犠牲となった現場では、お菓子やおもちゃなどが手向けられる
事も少なくありません。

先程の、

【どこで。何を。どのように】

という疑問に対し、ネットで調べてみると、

【献花した後、それを処分する人たちの手間を考えるならば寄付をするべきだ】

【食べ物を供えても、鳥や猫が荒らしてしまうため地域の方々の迷惑になる
 為、控えるべきだ】

などなど、

【なるほど】

と思える沢山の意見を目に致しました。

そんな意見を拝見しながら、事件現場付近に関係者による

【献花台が設置された】

という情報を目にしましたので、今回献花させて頂く事に致しました。

ご一緒した方々(私を含め)10名で、お亡くなりになられた方々と
同数の34本のお花を捧げさせて頂きました。

 

上記画像のが事件現場です。

は犯人が倒れていた場所。

まだチョークの跡や血痕らしきもの残っており、その生々しさに
言葉を失います。

が献花台の位置。

車をのコインパーキングに駐車し、オレンジ色の線のルートで現場
に向かいました。

画像の☆印の地点までは、現場を窺い知る事はできませんでしたが、
その地点まで来ると、正面に報道で見た通りの事件現場が突如として
現れます。

言葉を失いながら近付いてみると、警備員の方から丁寧な口調で、

【規制線は解除されておりますので、お近くまで行って頂けますが、
 献花は向こう側に献花台が設置されておりますのでそちらで
 お願い致します】

と伝えられました。

私はとても、

【安らかに・・・・】

などとは思えず、ただ手を合わせておりました。

あれだけの爆発的な火災であったにも関わらず、周囲の家々には
窓ガラスが割れる、延焼するなどといった被害は見受けられません
でしたので、爆発と炎のエネルギーは一瞬のうちに上方へと上がって
いったのでしょう。

そこで観じた事が三つあります。

一つは、その建物が特異性のない、どこにでもありえそうな3階建ての
建造物であった事。

報道で見るのは建物の背後からの画像が多かったため、

【窓が小さい、少なかったのではないか?】

と思っていたのですが、正面から見ると決してそんな事はありませんでした。

☆googleマップからお借りした事件前の建物の画像です☆

繰り返しますが、どの街にもあるであろう長方形の3階建て建造物なのです。

どこかで企業や店舗に恨みを抱き、全てに絶望している人間が、今回の事件を
模倣し行動したならば・・・

螺旋階段を有する企業、店舗など山ほどある訳ですから、既にある建造物を
今回の事件を教訓に対策を練るという事は、ほぼ不可能に近いといえるでしょう。

ただ、そのような輩が現れる事のないよう、祈るしかないのかもしれません。

二つ目は、献花というものの意義。

これは現場に行かないとわからない事なのですが、周辺にはまだ焼け焦げた跡
と言えるような

【臭い】

が漂っていたのです。

その臭いは、初めて訪れた私たちにさえ、壮絶であったであろうその時を
想起させます。

その周辺に住み、そしてこれからも住まわれていくであろう方々にとって、
事件の記憶が全く消える事はないでしょうが、その臭いたるものが一刻でも
早く消失されたならば、ほんの少しでも安らぎになるのではと観じたのです。

生花は

【香り】

を有してます。

その香りは、

【安らぎをもたらす】

事のできる大切なものだと思うのです。

1本より2本、2本より3本といわゆる献花の数が多ければ多いほど
安らぎをもたらす香りという力は増していくのです。

こうした時代に生きている私たちですから、一定のルールは守る必要が
あります。

今回のように、

【献花台が設置された】

ならば多くの方々が、その地に生花が持つ香りの力を届けるために、
手向けて頂ければと思います。

そして三つめです。

それは、

【音】

おそらくそれは私のみが観じたものであり、それがどんな音であるのか
説明できないのですが、直接耳から聞こえてくる音とは異なり、どこか
記憶の中から蘇ってくるようなものである気がしたのです。

私の中でその記憶から来る音を辿っていくと、ある光景がぼんやりと想起
していました。

それは、

【戦争で爆撃にあい、全てのものが破壊、焼き尽くされ、鎮火した直後に
 漂う音】

だったのです。

【全てが消失しまだ悲しみも絶望も感じる前、ただそこに呆然と立ちすくんで
いる際に街に漂う音】

そんな音であると観じたのです。

いつの時代のどの場所であるのかは全く分かりませんが、おそらく私は
前世においてその場面に遭遇し、その音を聞いていたのだと思うのです。

それはまだ、本当の悲しみが襲う前の段階に漂う音。

前世での私はその後襲われた悲しみや痛みを、次第に自分の中でどこか
遠くに追いやりながらゆっくりと生き続けて行ったのだと思うのです。

その痕跡は現生の私に残されていると感じました。

これまでの人生において、確かに絶望的な思いや痛みを感じた事も
少なくありません。

しかし、それらを次第に自分の中でどこか遠くに追いやる事ができる
ようになり、歩みだせた事は前世の体験からくるものなのでしょう。

 

そんな事を感じながら献花を終え、地図の☆印の位置の戻り振り返って
再度現場を見た時、私はしばらく動けませんでした。

そうした時、ある言葉がどこからか降り注がれたような気がしたのです。

【成すべき事、何なるか】

失われた命に対し篤い、慰霊、追悼の御心を有していさえすれば良い訳では
ないのです。

【何の為に生きるのか。

そして、その何かの為に自分を生き切る事。

それを合わせ持って初めて本当の供養となる。】

そう教えて頂いた様な気がしています。

ふとした瞬間に観じた、臭いや音、懐かしさと言ったものは前世の記憶から
もたらされるものかもしれません。

そこには大切なメッセージが含まれている事もあるかもしれません。

とにかく、こうして書いている最中も

【今を大切に】

どこからか、今もそんな声が聞こえてくるようです。

 

献花させて頂いた後、神寶神社、鎮魂祭に参列してそこで私が神様に
願った事の一つ。

【今回亡くなられた方々の御霊が早々に生まれ変わられ、夢の続きを
 なされますように!】