★少し考察してみて下さい★

①身近な人(御主人、奥様、お子様)が末期がんと診断され、
医者より、【余命1年】と告げられたとしたら、あなたは
どうしますか?

②あなた自身ががん患者となり、その事は知っています。
家族に、【余命1年】と伝えられた場合、あなたはその事
を伝えてほしいでしょうか?

 

先日、ご家族を亡くされた方にお会いしました。

癌に侵され、亡くなられたのは50代前半の女性です。

お亡くなりになる少し前に、ご家族の方にこんな問い掛けを
されたそうです。

【私、大丈夫だよね??】

ご本人も、自らが癌に侵されている事は承知しており入退院
も繰り返しながらも、前向きに過ごされていました。

ただ、ご家族の方は医師から、末期がんでありいわゆる
余命宣告を受けていたそうです。

ご家族の方も医師から告げられたその内容を、本人に伝える
べきか否か、その答えは出せぬまま、日増しに衰えていくその
女性と過ごす日々の中で、ある日、

【私、大丈夫だよね??】

こう問われたのです。

結局、ご家族の方は言葉が見つからなかったそうです。

その様子を見たその女性は、

【大丈夫と言ってくれないんだ・・・】

と呟くように言葉を残したのだそうです。

 

その女性は、それから数日後旅立たれました。

その間ご家族の方は、責められる事も、そしてその女性も
苦しむこともなかったそうですが、結果ご家族の方には、
ある自責の念が残ってしまったのです。

【余命宣告を受けた事を早い段階で伝えた方が良かったのか】

【あの時、大丈夫だよ!!と言ってあげた方が良かったのか】

この問題には、正解は既にありません。

 

いずれにせよ、その女性が亡くなられた事実は変わりませんし、
どちらの答えを伝えていたとしても、旅立ちの日時が変わっていた
という事もありえません。

ただ、残された方々に後悔の、自責の念というものが残されて
しまったとしたら旅立ち、向こうの世界に辿り着いた方の魂に
とって、それほど辛い事はありません。

通常ほとんどの方は自らの、自らのごく身近な人々の

【死】

というものを念頭に置き日々を過ごしてはいないでしょう。

ましてや、親が子の死など闘病中でもない限り、全く想像する
事すらないはずです。

遠くの地で発生した災害や事故などにより、一瞬にして命が
失われる事実があるという事を見聞きできたとしても、時の経過
は直接知らない方々の死があった事などはおぼろげな記憶へと
変化させてしまいます。

しかし、それが家族であったり、ごくごく身近な人であったと
したならばそう変化していく事もないばかりか、時は後悔の念
を積み重ねるために存在しているとさえ感じてしまうかも
しれません。

誰しもに発生しうる、病気や事故などの他、いわゆる、

【想定外の事象の発生】

に、目には見えない形で私たちは既に覆われてしまっています。

仮に自分自身が残された立場となった場合、後悔の念に包まれない
ようにするために、あくまで想定外なのですから、想定外の事態を
想定する事は容易ではありません。

しかし、想定できうる範囲内において、現時点での自分なりの見解
は持っておく事は、例え残されても、あるいは残したとしてもその
苦しみを和らげることができるでしょう。

 

冒頭の質問であれば

☆彡自分に宣告が下ったとしたら伝えて欲しいか否か?

☆彡家族にそれが下されたとしたら、家族はどうして欲しいか?

勿論、現実にその状況になれば、迷い、悩むこともあるでしょう。

しかし、今自らが置かれた状況が平時であるならば、ご家族、身近な人
との間で、あくまでも現時点で相互間の意思確認をする、そんな時を
過ごしてみてはいかがでしょうか。

【残される、残してしまう】

それはいずれ訪れるかもしれない、そんな時にどちらの立場になった
としても、時の経過によって苦しみが積み重ねてられていかないように
するために、今できることなのかもしれません。

幸いなことに私を含め、現時点で平時という時の中で、日々を送る事の
出来る人々にとって、今しておいた方が良い、心のための危機管理対策
なのかもしれません。