まだまだこれまでにない暑い日々が続いて
おります。

まもなく訪れるお盆という節目を過ぎると、
日増しに優しい風を感じられることでしょう。

少し前に感じたキーワードがあります。

それは、

【四魂(しこん)】

というものです。

四魂とは

神は、

【和魂(にぎみたま)】

【荒魂(あらみたま)】

【奇魂(さきみたま)】

【幸魂(さちみたま)】

の4つの魂から構成されるという
古神道的な概念です。

さらに人も四魂を有しており、

【直霊(なおひ)】

という存在が、その四魂をコントロール
をしているともされています。

伊勢神宮内宮正殿の裏手にある、荒祭宮には
ご祭神、天照大神様の荒魂がまつられている
とされています。

また、三河国一之宮である砥鹿神社境内の、
守見殿神社には、ご祭神、大己貴神の和魂
をまつるとされています。

四魂それぞれの働きは、

【和魂は、和合、調和を図る側面】

【荒魂は、活動的な側面】

【奇魂は、ある種人智を超えた霊的な側面】

【幸魂は、幸福を担う側面】

といわれます。

人それぞれの個人的性質は、その四魂のうち
どの魂のエネルギーが強いのかという風に
見て取る事もできます。

さて、今回観じたキーワードとしての四魂。

それは、

【神、人にあらず、全ての万物に四魂が宿る】

という事です。

豪雨被害をもたらせた強烈な力を持つ水。

コーヒーの中に漂う塊としての氷。

美しさと共に生命活動を停止させてしまうほど
の力を持つ雪として形を変えた水。

私たちの体内にや大気中に存在する、目に
見えない水分。

様々な水の姿を見てそう観じたのです。

では、

【水における四魂とは】

☆彡水における和魂☆
その水は、お酒やジュースの基となり人々の
和を取り持ちます。

☆彡水における荒魂☆
災害をもたらす様な破壊的な力を生み出す事も
あれば、逆にその激しい力により様々な災害に
よってもたらされた、降灰や、土砂、木々の落ち葉
なども全て大量の水の力によって流し、清浄化
してくれます。

☆彡水における奇魂☆
その姿を、雪、みぞれ、小雨、霧、氷と変え、
諏訪湖では御神渡りという姿としてもあらわ
します。

☆彡水における幸魂☆
まさに、私たちの生命を司る飲用の水。

とこんな具合でしょうか。

水と対極に存在するような、火にも四魂を
見て取ることができます。

【火における四魂とは】

☆彡火における和魂☆
バーベキューに用いる火といえば分かり
易いでしょうか。
その火により、人と人との和を取り持って
くれます。

☆彡火における荒魂☆
全てを焼き尽くしてしまうかのような、火山
噴火がもたらす火。
しかしその火は、阿蘇の野焼きに代表される、
広大な地を焼き尽くすものの、害虫を駆除し
新たな新芽を宿すために必要なものでも
あるのです。

☆彡火における奇魂☆
飛行機、ロケットといった宇宙まで物体を
飛ばせることのできる火。

☆彡火における幸魂☆
まさに、冬季に私たちの生命を守るべく、
暖をもたらす火。

このように、火にも四魂は存在しているのです。

私たち人間は、それぞれの存在が持つ四魂を
コントロールする智恵を有しています。

そのコントロールの仕方次第で、水は水責めに、
火は火攻めに、いわゆる戦にも利用できますし、
そう実際に利用してきた歴史もあるわけです。

火であれば、その荒魂の部分を、戦の兵器に
使用した訳ですね。

火力発電所であれば、和魂、幸魂の部分を使用
しています。

ここで、たった一文字が違うだけの言葉に
気付きます。

その言葉とは、

【利用】

【使用】

【利用】

とは、自分たちに利益をもたらすために用いる
事を意味します。

万物に四魂いわゆる自分ではない魂が宿る
という捉え方ができるならば、その一つ一つの
魂を自らの利の為に用いる=利用しても良い
のでしょうか。

では、

【使用】

という言葉はどういう意味をもつのでしょう。

それはそこにあるものを、あくまで他を(魂を)利用
せず、それぞれのお力を使わせて頂くという心の
在り方が含まれているのではないかと思うのです。

火も、水もそれらそのものは私たちが、創り出したもの
ではありません。

私たちは、そこにある、あったもを変化や、修復する
事ができたとしても、決してそこにあるそのものを創り
出したわけではありません。

ほんの些細なたった一文字の違い。

【利用(りよう)】

【使用(しよう)】

そこに含まれる意味を観じ、捉え、そして自分の
中で用いる言葉を替える。

こんな事から世界は変わっていくのだと、そんな
事を観じています。

スピリチュアルな世界では、封印とか隠された神の
存在が良く取り沙汰されたりします。

私たちは知らず知らずのうちに、何かに(誰かに)、
その何か(誰か)だけの利のために、コントロール
されているのかもしれないという事に、気付く時に
来ている様な気がします。

ある宗教団体や、間違ったスピリチュアル的感覚を
有した人々は、よく

【神を利用します】

災害が発生すれば、神の怒りや、啓示、警告である!

ノアの箱舟に乗り遅れるな!

時間がない!今すぐ想念を変えろ!

このメッセージを見たあなたはそのチャンスが
与えられている!

あなたは救われる!

あなたには特別な使命がある!!

などなど・・・

今起こる自然災害の要因の一つに、地球温暖化が
あるとするならば、それは神の怒りによりもたらされた
ものでもなんでもなく、人間が自分たちの利を優先し、
宇宙のバランスが崩れた結果でしかありません。

そのバランスを戻していくためには、宗教活動や、
団体行動や、政治的主張や、なまじ勉強する事では
ありません。

それは、

【掃除(清掃)】

神道で言う、

【禊・祓(みそぎ・はらえ)】

にあるのだと思います。

歩く目の前に、たばこが落ちていたとします。

それに、気付けるか。

それを気付いて、どうするか。

そんな世界の中にあるのだと思います。

それは、やらされる、やらす、誘う、誘われて実施
する事ではありません。

落ちているかもしれない、たばこを探す事が大切
なわけでもありません。

ただ、目の前にタバコが落ちていた時にどうあるか。

その結果でゆっくりと世界は変わっていきます。

神が存在するならば、その神は使用される事を
決して拒むことはありません。

例えば、神社、お札、お守りと言った存在は、
私たちがその使用を許されている証でもあるの
です。

このお守りがあるから、

【出産も大丈夫!】

【交通事故も大丈夫!】

【受験も大丈夫!】

【商売も大丈夫!】

それらは、決してそうなる事を約束してくれるもの
ではないにもかかわらず、私たちはそれを求め
ます。

そこに安心感を求めたいのです。

安心したいがために、その対象を神に求め、神
という目に見えない存在を使用させて頂いている
訳です。

神からすれば、そうなる事を約束してはないにも
関わらず、絶対的なご利益があると説くならば、
それは、神を利用している事に当たります。

大昔、私たちの先祖と言われる存在は、大地に
水に、陽の力に、時にその力に怖れながらも、
感謝を忘れることなく、それらの力を使わせて
頂いているという思いを有していたはずです。

その力を利用し、その力を超えてやろうなどとは
決して思わなかったはずです。

【決して利用せず、使用させて頂く】

こんな精神が宿っていない今、今そこを見つめ
直すために、幾種化の、スポーツ団体の指導者、
会長の問題が表面化しているのでしょう。

それらは全て、

【利のために用いてきた結果です】

目に見えるもの全ては限りがあります。

日々の生き方を丁寧に表してゆけば、本当に
大切な何かにきっと辿り着くはずです。

皆様がそれぞれ有する神への願い事は、

【利用にあたるのか、それとも使用させて
頂いているのか】

そんな事も見つめて頂けると嬉しく思います!