少しだけ涼し気な風の吹く中、今朝も変わらぬ
お朔日参りをさせて頂きました。

*砥鹿神社お朔日参りについては、
こちらを!
*月に一度の早朝の神社参拝です。
是非皆様も、ご参列なされませんか?

昨夜は、15年ぶりに火星が地球に
大接近したそうで、その星空も
美しかったのですが、それにも増して、
朝日の昇る光景も、それは美しいもの
でした。

 

 

いずれ又詳しくブログに書きたいと
思いますが、今朝のお朔日参りでは、
大きな気付き、そして確信を持てる
事がありました。

お朔日参り参列中の拝殿の中、

【風が吹いたのです】

いや、

【舞う風の中に佇んだのです】

その中で浮かび上がった事、

それは、

神の道、いわゆる神道の精神は、

【禊・祓(みそぎ・はらえ)】

にあるのだと。

以前ある方より、

【一陣の風を感じた際、神を感じ、
 神の道に目覚めた】

というお話を伺った事があります。

その方は先日、本を出版され、その中でも
その事に触れられておりました。

私はその感覚を正直これまで理解する事
ができず、その伺ったお話は自分のどこか
に止めてきました。

その意味が、今朝少し分かったような気が
します。

勿論、全く無風状態の参拝中、突然風が
吹き、それが、

【神様の合図だ】

などと感じた事はあります。

しかし今朝の風は、そのような特別な音や
力を伴ったものではなく、ただそこに
舞い込む柔らかな風だったのです。

風に包まれている自分とは、

神に包まれている自分なのだと。

そんな事を感じ、その後参拝した、豊川稲荷
においても、その神に包まれている自分を
感じたのです。

それは、今、その時に、私だけ、特別だから
包まれている訳ではありません。

本来私たち全ては、風に、神に包まれている
のです。

いつも・いつのときも!

 

先日、何カ所かの参拝を終え、最後に氏神様に
参拝した際、いつものように、

【本日もありがとうございます!】

とただ、それだけ伝えた所、

【幸せです】

という言葉が自分の中で突然湧きあがって来て
自分でも驚いたことがありました。

その時既に、神に包まれている事の意味に
気付いていたのかもしれません。

その幸せとは、悪い事や悲しい事が発生しない
という事を意味するものではありません。

辛い・悲しい・苦しい、そんな出来事が起こる
から幸せではない、という事ではありません。

私たちは、

【幸せとは良い出来事によってもたらされるもの】

と解釈しがちです。

しかし、どうやらそれは違うようです。

【幸せとは出来事に左右されるものではなく、
 包まれている私たちは既に幸せなのだと】

 

更に熱い日が続きます。

どうかお体を十分に気遣い日々をお過ごしください。

因みに今日は、

【土用の丑の日】

ですよ~

私は今朝、既にご馳走になってしまいました!

Nさま、ありがとうございます!!

この月もどうぞ宜しくお願い申し上げます!!

 

少しだけでも、画像から涼しさが伝わりますように!