唐突ですが、

【勝虫(かちむし)】

ってご存知でしょうか?

勝虫とは、

【とんぼ(蜻蛉)】

の事です。

6月に、奈良県にある、

 

【丹生川上神社中社】

を参拝させて頂いた折に宮司様から2時間近く
お話をお伺いし、その事も教えて下さいました。

古事記には、

【460年、雄略天皇がこの丹生川上神社中社背後
 の 小牟漏岳(おむろだけ)で狩りをされた際に
 一匹の虻(あぶ)が天皇の腕を刺したところ
 すぐさま蜻蛉(とんぼ)が来て、その虻を捉え
 飛び去った】

と記されており、

【天皇は蜻蛉をほめて御歌を詠み、この地を蜻蛉野
(あきつの)と名付け】

大切にされたといいます。

アキツも蜻蛉(とんぼ)の異名なのだそうです。

そしてとんぼは、空中を素早く飛び回りますが、
バックする事ができず、前にしか進む事ができません。

そのことから、戦国時代の武将たちは

【とんぼを勝虫】

と呼び、不退転の心を表すものとして、甲冑や武具
の装飾に用いたり、着物の柄に使用したのだそうです。

現代でも、とんぼは勝負運のある虫、勝利を呼び込む
縁起の良い虫として、着物や和物の装飾品などでよく
使われています。

私はほとんど見ていないのですが、少し前に放映された、
ドラマ

【陸王】

でも、とんぼのデザインが用いられていたそうです。

 

社務所前で宮司様とお話をさせて頂いていたのですが、
ご一緒した方が、

【来年子供が受験なので、良い御守りはどれでしょうか?】

という様な事を尋ねました。

すると、宮司様は自社の沢山あるお札、お守り類を前にして、

【学業成就であれば、こちらのお守りを!】

等とは言われず、私の感覚で言えば、本当にそっと、

【とんぼの小物などを持たれないさい】

と仰られたのです。

この神社に、とんぼをモチーフとしたお守り類は置かれて
おりません。

 

丹生川上神社中社から小一時間ほどの位置に鎮座する、

【丹生川上神社下社】

の宮司様は、お会いする度に、

【言挙げせず(ことあげせず)】

という内容のお話をして下さいます。

その本当の意味が、中社の宮司様がそっと、

【とんぼの小物などを持たれないさい】

仰られた事によりわかった気がしたのです。

【言挙げせず、とは何も言葉に出さない、
 しゃべらない という訳ではありません。

 そこに自らの利益を鑑みる事なく、そこにある
 大切な人の心や感情に心を巡らせ、言葉に魂を
 込めた言葉、いわゆる言霊として発する】

そういう事なのだと観じたのです。

 

それから、至る所で、このとんぼ=勝虫の話を
させて頂いております。

ご縁のある方でいわゆる病気と闘っておられる方が
何人かいらっしゃいます。

その方々には、勝虫のお話と共にとんぼの小物を
お渡ししています。

中には、その病気と闘っておられる方の事を想い、
手作りの勝虫を作って下さった方もおられます。

 

その手作りの勝虫は、作者の方とは面識はありませんが
病気と闘っておられる方の元へ、私からお届けさせて
頂いた事もあります。

まさに、この作者の発動こそが、

【言挙げせず】

の精神なのです。

いわゆる損得だけで考えるならば、この作者は
一銭の得にもならないばかりか、身銭を切って
作成している訳ですから。

病気と闘っておられる方からは、こんな言葉が
届きます。

【こんなにも応援してくれる人がいる。
 私、頑張れる!】

と。

【頑張る】

のではありません。

【頑張れる!】

と言われるのです。

まさに、他力と自力が一致した瞬間なのでしょう。

これは、カウンセリングにも通じる事ですが、応援
サポートといった類の到達地点は、

【頑張らせる】

事ではありません。

【私、頑張れる!!】

という、その人本来の魂を引き出せるのかに
あるのです。

その為に、自らの感情を置き、時に、

【待つ事】

【そして信じ、祈り続ける事が大切です】

 

【とんぼ=勝虫】

このキーワードが私にもたらされたのは、私だけ
のものにあらず、こうしてご縁ある方に届ける
ためです。

病気と闘っておられる方へ。

勉学に励む方へ。

文房具屋に行ってみると、ありますよ~
消しゴム、蛍光ペン、

【これも!そうなの!!】

と言うほど、とんぼが刻まれた、

【トンボ鉛筆の製品が!!】

 

 

【とんぼ=勝虫】

の意味を知り、受験生などにプレゼントすれば、

【私、頑張れる!】

と引き出す事ができるはずです!!

 

不思議なもので、先週は神社参拝三昧の日々を
過ごさせて頂いたのですが、至る所で近くに
とんぼがやってきたのです。

 

 

 

 

ただ、この話、実はおちがありまして・・・・・

 

昨年、高野山に参拝した際、伺っていたんですよ~

 

 

再建された中門におられる、増長天像の胸に、

 

 

【とんぼ=勝虫があり、その話も聞いていたのです・・】

 

それを忘れていた私に、丹生川上神社中社の宮司様
より再度届けられたのだと思います。

本当に、ありがたい事です。

よくスピリチュアル、私が思う変なスピリチュアルで
解釈してしまうと、

【今がそれを知る時だったので、それでよかったのよ~】

となってしまう事も多々ありますが、

【いやいや、忘れてしまっていた事をしっかり反省せねば
 なりません】

スピリチュアル的解釈が進んでも、決して

【なんでもOK!】

【だって私は愛されているし、導かれているから
 完璧だもの!】

という姿勢になってはなりません。

【今はその時・タイミングじゃなかったのよね~】

全てにこの解釈を用いる、いわゆる、

【時やタイミングのせいにしてはなりません】

それは、死というものに直面していない人たちのみ
が用いる事のできる安易すぎる解釈なのです。

命に関わるほどの病気と闘っている方と直接接して
みると、

【今はその時・タイミングじゃなかったのよね~】

そんなお気楽な事ではない、大切な事が分かります。

 

それは、やはり、

 

【今を大切に!】

 

それに尽きるのです。